利根川進博士の功績、受賞に関する事実、および逝去について

利根川進博士の功績、受賞に関する事実、および逝去について 生物学

利根川博士が受賞されたのは「ノーベル生理学・医学賞」です(1987年受賞)。日本人として同賞を受賞した初めての人物であり、同一分野で複数人が共同受賞することが多いノーベル賞において、稀少な単独受賞を果たしたことでも知られています。

主な功績とノーベル賞受賞の経緯

1. 抗体の多様性生み出しメカニズムの解明(ノーベル賞対象)

私たちの体は、無数に存在する未知の病原体(抗原)に対して、それぞれにぴったり合う「抗体」を作って身を守っています。利根川博士の研究以前は、「これほど膨大な種類の抗体を作るには、それと同数の遺伝子が最初から用意されているはずだ」という説と、「遺伝子は少数で、後から変異が入るのだ」という説などが対立し、医学・生物学界の大きな謎とされていました。

利根川博士は1976年、マウスの細胞を用いた実験により、免疫細胞(B細胞)が成熟する過程で遺伝子の断片がランダムに組み換わり、再構成される仕組み(遺伝子再構成)を発見しました。限られた数の遺伝子セットであっても、その組み合わせをダイナミックに変えることで、実質的に億単位の多様な抗体を作り出せることを証明したのです。「遺伝子は不変である」という当時の生物学の常識を覆したこの業績が評価され、1987年のノーベル生理学・医学賞受賞へとつながりました。当時の選考委員からも「100年に一度の偉大な研究」と称賛されています。

2. 脳科学分野への転向と貢献

免疫学で世界の頂点に立った後、利根川博士は研究領域を「脳科学」へと大きく転換しました。
マサチューセッツ工科大学(MIT)や理化学研究所の脳科学総合研究センターなどで長年トップを務め、記憶が脳のどこにどのように保存され、どうやって思い出されるのかという「記憶のメカニズム」の解明に取り組み、世界の脳科学研究を強力に牽引しました。

逝去に関する情報

利根川進博士は、2026年7月11日に亡くなりました。享年86歳でした。
在籍していたマサチューセッツ工科大学(MIT)が同年7月16日に発表しており、葬儀は非公開で行われ、京都で埋葬される予定と報じられています。

当該論文:

○論文タイトル:
Evidence for somatic rearrangement of immunoglobulin genes
(可変部および定常部をコードする免疫グロブリン遺伝子の体細胞再構成の証拠)
○掲載誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
(引用先:https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC431171/pdf/pnas00040-0309.pdf

参考資料:

日本人初の生理学・医学賞を受賞した利根川進
(引用先:https://www.keguanjp.com/kgjp_keji/imgs/2019/08/20190809_1.pdf
※JT生命誌研究館のウェブサイト内にある「生命を分子の言葉で語るために
(引用先:https://brh.co.jp/s_library/interview/79/

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